<ざっくり言うと>
  • 「韓国併合は韓国側から望んできたこと」はデマ
  • この主張の根拠になっているのは、一進会の「「韓日合邦を要求する声明書」だが、この声明書が要求しているのは、韓国が日本に吸収される「併合」ではなく、日韓が台頭に一つになる連合王国のようなものである。
  • 一進会の声明書以前に、韓国は外交も司法も軍事もほぼ全て日本に奪われており、独立は不可能な状態に追いやられていた。一進会の声明書は「保護劣等の扱いから、対等な権利の合邦にしてくれ」というものであり、「併合してくれ」とはむしろ逆の声明である。
  • 一進会の声明書以前に、日本政府は日韓併合方針を閣議決定している。
  • 韓国側が日韓併合を望んだという主張は全く成立しえない。
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日韓併合は韓国側が望んで、日本は仕方なく善意で併合した?


このデマは、ネット上の歴史修正系の嫌韓デマの中でもかなり大きなものではないかと思います。


ネット上では、「日韓併合は韓国側からの要請で、日本はそれに応えただけだ」という言説が広く出回っています。このブログにも、これまで何度か同じ主張のコメントがきました(参照)。

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>>自分たちから併合を望んで
>>都合が悪くなったら支配されて
>>無理やり暴力を振るわれたと
>>被害者打ってるのが朝鮮人[ママ]

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>>日本人は堂々と
>>植民地にしてくれとお願いされたから
>>仕方なくしてやったと
>>言ってやればいい

>>植民地でなく、統治!
>>それも李氏朝鮮側からの要望です!


いつどこからこの主張が出てきたかわかりませんが、この主張が広く知られるようになったきっかけは、おそらく『マンガ嫌韓流』でないかと思います。

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(山野車輪『マンガ嫌韓流』晋遊舎刊、210ページ)

ここで「韓国最大の政治組織である一進会が併合を主張した」と述べられているように、「韓国からの要請で併合した」という主張は、この一進会のことを指しているのでしょう。「韓国併合は韓国が望んだこと」という主張を調べてみると、みなこの一進会を根拠にしているようでした。


しかし、これはデマです。今回は、「韓国併合は韓国が望んだこと」という主張のどこが間違いなのか解説します。



一進会は政府組織でもなく、望んだのは併合ではなく合邦だった


まず、「一進会」とは何なのでしょうか? Wikipediaにも載っていますが、これは政府組織ではなく、ただの政治結社です。


政府組織であるのならば、その行動は「韓国側の意志」と言うことができるでしょうが、一政治結社の要望を「韓国という国家の意志」もしくは「韓国民の意志」とみなすことはできないでしょう。これを「韓国の意思」とみなすならば、日本でどこかの政治結社が「北方領土はロシアのものだ」と主張したら、それが「日本の意思」と言うことになってしまいます。おかしいですよね。


次に、一進会の主張内容を見てみましょう。一進会が1909年12月4日に「韓日合邦を要求する声明書」というのを出したのは事実ですが、一進会が望んだのは、日本に韓国が吸収される「併合」ではなく、日本と韓国が一つの国となる「合邦」です。内容はこのサイトが詳しく解説していますが、一進会は、韓国の皇室(李朝)が「万世に尊栄ならんことを懐ふ」と述べているので、一進会の望んでいた合邦とは、連邦制や連合王国のようなものだったのでしょう。(当時の韓国統監曾禰荒助も同様の解釈をしている)


一進会は韓国政府や韓国民の意思を代表する組織でもないし、一進会が望んだ形の合邦ではなく日本に吸収される併合になったので、「韓国併合は韓国側も望んだこと。証拠は一進会」というのは間違った認識です。



一進会の声明書以前に併合が閣議決定されている


また、一進会の声明書があろうがなかろうが、日韓併合はすでに決まっていたことでした。


一進会がこの声明書を出したのは1909年12月4日です。その数か月前、1909年7月6日に「半島における我が実力を確立するため最も確実なる方法」として、「韓国を併合し、これを帝国版図の一部となす」方針が閣議決定されています(参照)。


一進会が「韓日合邦を要求する声明書」を出す以前に、韓国を併合することは決まっていたわけですから、一進会を理由に、「併合は韓国側が望んだこと」なんて主張は明らかに無理があります。


ちなみに、『マンガ嫌韓流』では、この閣議決定のことは一言も触れずに、一進会を根拠に「日韓併合は韓国が望んだこと」だという主張が展開されています。実際の歴史を紐解けば、完全なる虚偽であることは明白です。



朝鮮は一進会の声明書以前に半植民地化していた


韓国併合を「韓国側が望んだこと」だと主張する人たちは、あたかも日本には韓国を支配下におさめる意思がなかったかのように言いますが、もちろん嘘です。日本はいきなり韓国を併合したのではなく、コツコツと時間をかけて韓国の主権を削いでいっています。


中学高校レベルの日本史をご存じの方なら、大体の歴史は把握されていることと思いますが、まず、1875年の江華島事件をきっかけに、日本は朝鮮に日朝修好条規を結ばせます。これは、西洋列強が日本に押し付けたのと同じ、不平等条約でした。自分たちが西洋にやられたことを、そのまま朝鮮でまねたんですね。


その後、日清戦争、日露戦争で、清とロシアの朝鮮に対する影響力を削いでいくわけですが、日露戦争中の
1904年8月に第一次日韓協約
で韓国政府に日本人の財政・外交顧問をおくことを認めさせ、
1905年11月の第二次日韓協約
で韓国外交権を掌握して保護国とし、
1907年7月に第三次日韓協約協約
を締結し、司法権、官吏任免権を掌握し、さらに韓国軍隊の解散を決めています(参照)。


つまり、一進会が「韓日合邦を要求する声明書」を出した時点で、朝鮮は日本に外交権、司法権、軍事権も何もかも既に抑えられていた状況なのです。もう実質的に、韓国はこの時点で独立国とは言えない状況なわけです。


さらに、一進会の声明書には「我韓の保護劣等に在るの羞恥を解脱し、同等政治の権利を獲得すべき法律上の政合邦と謂ふべき一問題是れなり」参照)とあります。つまり、日本に主権を取られ、自主決定が何もできない現在の「保護劣等」から、同等な政治権利を持てる「合邦」にしてくれ、と要望しているわけです。


このほぼ主権を失い、独立を保つことが不可能な状況で、さらに日韓併合が閣議決定されている状況、そして「保護劣等に在るの羞恥を解脱」「同等政治の権利」という要望を踏まえれば、「韓日合邦を望む声明書」は、『マンガ嫌韓流』が主張するような「日本との連帯によって文明開化を成し遂げようと考えた」「日本の力で朝鮮での維新を目指した」というようなものではなく、「現状の保護国や、対等な権利が与えられない併合ではなく、日韓の対等な合邦を望む」という要望だったとわかります。


また、前述のとおり、一進会の要望書では韓国の皇室が「万世に尊栄ならんことを懐ふ」となっているので、一進会が要望していたものは連邦制のようなものであったと考えられます。つまり、一進会の要望は、「独立国→併合」ではなく、「保護国→連邦制」という地位向上だったわけです。


独立が不可能な状況で、「併合ではなく合邦を望む」として出されたものを、「日韓併合は韓国が望んだ」と解釈するのは、ご都合主義が過ぎまし、一進会はそのような要望は出していません。



抵抗運動を無視する『マンガ嫌韓流』


さらに、『マンガ嫌韓流』では、韓国の抵抗運動として安重根しか言及しておらず、なおかつ安重根を「併合慎重派だった伊藤博文を暗殺したことで日韓併合を速めてしまった愚かなテロリスト」と評価しています。


安重根の評価の妥当性はともかく、他の抵抗運動には一切言及しないことで、あたかも韓国民は日韓併合を望んでいて、安重根だけがエキセントリックなテロリストであったかのような印象を与えていますが、それも事実と異なります。


抵抗運動でもっとも有名なのが、教科書にも載っているハーグ密使事件ですね。大韓帝国皇帝だった高宗が、ハーグでの万国平和会議に3人の密使を送り、第二次日韓協約で奪われていた外交権を取り戻そうとした事件です。


欧米各国はアジア諸国を植民地化しておりましたので、韓国の主張を認めることは、自分たちの植民地支配が不当であると認めることになってしまうので、当然韓国の主張を無視しましたが、当時の韓国政府は外交権を取り戻そうとしていたわけで、これで「日韓併合は韓国側が望んだ」なんて言うことはいくら何でも無理があるでしょう。


また、平凡社の百科事典マイペディアによれば、「韓国側も激しく抵抗運動を繰り広げ,愛国啓蒙運動や1907年第3次日韓協約がもたらした韓国軍隊の解散に反対した兵士による義兵闘争を展開,5年間日本軍隊と交戦すること2850回に及んだ」とのこと。これだけ抵抗があったのに、それを無視して「韓国側も併合を望んだ」と言うのは卑怯でしょう。



結論:「韓国併合は韓国側が(or 韓国側も)望んだ」はデマ


以上をまとめますと、以下のような感じです。

  • 「韓国併合は韓国側が望んだ」という根拠は一進会のみ。
  • 一進会は政治結社であり、韓国政府でもなければ韓国民を代表する組織でもない。
  • 一進会が要望は「保護劣等の羞恥を解脱して、対等な政治権力を持てる合邦を望む」というものであって、連邦制のようなものを想定していた。日本に併合されることを望んだのではない。
  • ハーグ密使事件を始めとする抵抗運動があり、韓国は日本に併合されることに抗っていた。
  • 一進会の要望の時点では、日本は韓国を保護国化し、司法権も外交権も軍事権も人事権も掌握して、既に韓国が独立を保つ道は絶たれていた。
  • 一進会の要望の約半年前に既に日本は韓国を併合する方針を閣議決定しており、一進会の声明を受けて韓国を併合することを決めたのではない。
以上のことから、「韓国併合は韓国側が望んだこと」というのは完全なる虚偽です。

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