<ざっくり言うと>
  • 鉄道をはじめとする植民地のインフラ整備など、どこでも当たり前に行われていた。
  • 「欧米の植民地は現地のインフラ整備などしなかった」と言っている奴は、植民地のことを欠片ほども知らずに植民地を語る滑稽な無知の権化に過ぎない。
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近年インターネットを中心に出回っている「朝鮮は植民地ではなかった」論。百田尚樹はこんなことを言っています。>>植民地に莫大な金をかけてインフラ整備をした欧米諸国はない
>>学校を作って教育制度を整え、ダムや橋を建設して近代国家にした。
>>植民地にこんなことをした欧米先進国はどこにもない。



「朝鮮を発展させたんだから植民地じゃない」論ですね。百田によると、植民地に莫大な金をかけてインフラ整備をした欧米諸国はないらしいです。


もちろん、これもデマです。今回はそれを見てみましょう。



植民地のインフラ整備は当たり前に行われていた


インフラと言えば、まずは鉄道でしょう。さて、アジア初の鉄道はどこに敷かれたのでしょうか? 新橋横浜? 違います。アジア初の旅客鉄道は、1853年、イギリス植民地時代のインドに敷かれたボンベイ・ターナー間の鉄道です。1853年ですから、日本はまだ江戸時代。ペリー来航の年です。この時すでにイギリスはインドに鉄道建設を始めていたのです。下の図を見ればわかるように、1882年までに、鉄道はインド中に張り巡らされております。(参照

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19世紀末にはその総距離は24800マイル(約4万キロ)にも及んだそうです(参照)。イギリスはその後も植民地各国に鉄道網を敷いています。


オランダがインドネシアに鉄道を建設したのは1867年で、新橋-横浜間より5年早いです。太平洋戦争直前には総延長7千kmに達していました(外務省HP参照)。


フランス領インドシナも、もちろん鉄道が敷かれていますし、1902年フランスが建設した1700メートルに及ぶロンビエン橋はハノイの観光名所になっています。『アジア環境白書2000/01』には、以下のように描かれています。
 ベトナムにおける近代的開発の可能性に気づき、最初に基盤整備を進めたのは、19世紀末にインドシナを植民地としたフランスである。(略)
 フランスは(略)鉄道計画や道路建設など、大規模な土木事業を施し、近代的な都市と工場を建設した。
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↑ベトナムの観光名所ロンビエン橋。1902年にフランスが建設した。


アジアだけでなく、アフリカでも鉄道等は当然整備されました。アルジェリアでの鉄道は、フランス植民地時代の1850年代に始まり、第二次大戦が終わったときには、アルジェリアの鉄道網は5000キロに達していました。

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↑1905年、トレムセンのカスケードブリッジの列車


むしろ、植民地のインフラ整備をしなかった植民地支配者なんているんでしょうか? 19世紀、20世紀の植民地というのは、経済的な資源や市場を求めてのものなので、鉄道もダムも箸もなしに、植民地支配ができるわけがないんですよ。「欧米は植民地のインフラ整備をしなかった」と言っている人の「植民地」のイメージって、ピサロやコルテスで止まってるんじゃないでしょうか。


日本統治下の朝鮮半島では、人口の2.7%が日本人で、首都ソウル(当時は「京城」と言った)では28%が日本人でした(参照)。インフラ整備をしないと日本人だって移動できないわけですから、支配地域のインフラ整備は、どの植民地でも当然行われていたことで、日本だけが特別だったわけではありません。


百田尚樹をはじめ、「日本と違い、欧米は植民地ににインフラ整備などしなかった」と言っている人はやたらといますが、無知の権化と言っても過言ではないでしょう。植民地というものを欠片ほども知らずに植民地を語りながら、自分が「世間とは違う真実を知っている」と思い込んでいる滑稽なピエロです。百田尚樹のような無知の権化に、耳を貸す価値など欠片ほどもないでしょう。


次回は、「学校を作って教育制度を整えたのは日本だけ」論の間違いを取り上げます。

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